経緯
2024.10.12 (土) 早朝に日本の量子業界にアメリカのZapata Computing Holdings Inc. (Zapata AI、ティッカーコード:ZPTA) 倒産のニュースが届いた。なぜ Zapata AI の倒産が量子業界で話題になるかというと、今でこそ生成AIの会社として事業を営んでいた Zapata AI だが、2017年の創業時から数年は量子アルゴリズム開発などを行う量子ソフトウェア領域の中心的なスタートアップの一つだったからだ。ハーバード大学からのスピンアウトという美しい出自もあいまって、力のある量子スタートアップだったことは確かだった。
さて、このニュースはアメリカで10/11 (金)に米国証券取引委員会 (SEC) に対する報告書FORM 8-K (注1) が提出され、その時点で Zapata AI の倒産が広く公の情報となったことに発する。また同社のウェブサイトのIR情報ページでも10/11 (金) にこの件を報告している。
Zapata AI’s website for IR (Oct 11):
そして、倒産発表までのこの1週間の経緯を正確に追うと、以下の通りである。
FORM 8-K によると、10/7 (月) に債務超過による事業継続困難という判断により取締役会で事業停止が承認された。仮に債権者に対する義務を履行できたとしても、株主に対する分配可能な資産は残らない可能性が高いとも述べている。
これに伴い、創業者でありCEOだったChristopher Savoie (佐保井 久理須) 氏がCEOを退任、取締役としての地位も喪失し今後 Zapata AI の残務処理に関わることはなくなった。2日後の10/9 (水) には、残務処理を行うべくCFOのSumit Kapur (スミット・カプール) 氏とCTOのYudong Cao (ユードン・カオ) 氏ら数名を残して全従業員が解雇された。Kapur氏は新たにCEOに任命され、CTOのCao氏は10/16 (水) までCTOとして留任し、その後はパートタイムとして残務処理を担当することとなった。そして最終的に10/11 (金) にSECに対してFORM8-Kを提出し、生成AIの会社 Zapata AI の倒産が公開情報になったという流れである。数年前に量子からAIへ完全ピボットしているため、Zapata AI はもはや量子企業ではないというのが量子業界の一般的な見解である。
(出所) Zapata AI website, 創業メンバーの集合写真(左から2番目が創業者でCEOを務めたCristopher Savoie氏)
Zapata AIとは
では、そもそもZapata AI は日本においてどのようなスタートアップだったかを説明しよう。昨年 (2023年) Nasdaq上場を目指してAndretti Aqcuisition Corp. との経営統合を発表し、2024年4月にSPAC上場したことで話題を集めたので、その時に知った人もいるかもしれない。Zapata AI はZapata Computing として2017年にアメリカで創業した。前述の通りハーバード大学スピンアウトの花形スタートアップだった。VQEなどの量子アルゴリズムの開発、NVIDIAのGPU上で量子回路シミュレーションが可能なSDK (ソフトウェア開発ツール) の提供、グローバル企業との戦略的パートナーシップ締結などの実績と7年の歴史がある。日本国籍を取得した元アメリカ人Christopher Savoie (佐保井 久理須) 氏が創業者でありCEOを務めていたため、量子ビジネス業界の発展の初期から日本でも積極的に活動をしていたスタートアップとして認識されていた。Savoie (佐保井 久理須) 氏は日本語も堪能で柔道の愛好家でもある(注2)。そのCEOがハーバード大学卒PhD取得者というだけでなく法律の実務家でもあるため、量子に関する特許数が非常に多いのがZapata AIの特徴だったとも言える。
早い時期から量子業界で活躍していたアメリカのソフトウェアスタートアップの一つだったと言えるのだが、ここで「ソフトウェア企業」という言葉は解釈が幅広いため、一つ付け加える。Zapata AIを定義付けるときのソフトウェア企業とは「量子アルゴリズム開発のソフトウェア企業」と狭義に捉えるべきで、専門性の高い狭いカテゴリーに分類することは、むしろ同社創業時からの価値であり他との差別化を図れる点の一つであるため、妥当だと言える。
(出所) Nasdaq Instagram
日本企業との関連でいうと、4年前の2020年に Zapata AI がシリーズBの資金調達を行った際には、伊藤忠商事が出資している(注3)。当該調達は計11社から合計$38M、為替レート$1=¥140換算で日本円56億円の調達だった。
日本における法人として、2020年1月にザパタジャパン株式会社(法人番号: 5010001206755) という名称で日本法人を設立している。本社は東京都港区元麻布3-1-6。遅くとも2021年4月頃までに、Zapataは日本人のビジネス開発担当者を1名雇用しており、2022年7月には国際量子ビジネスカンファレンスQ2B Tokyoに初出展していたものの、その後は量子業界ではあまり積極的には活動していない印象があった。そして遅くとも2023年にはZapata AIはピボットして生成AIの会社として社名とロゴにA Iの言葉を入れてリブランディングを果たしている。
Website: https://zapata.ai/
日本の量子業界に与えるインパクト
まず、Zapata AI はもはや量子コンピュータのスタートアップではなかったということを認識していただきたい。このことは、CEO自らが「Zapata AIは純粋なる生成AIの会社である」とbloombergのインタビューでも述べている通り明白である(注4)。また、アメリカの量子業界でも同様の認識である。
以下の通り、いくつかの点で日本の量子業界へのネガティブなインパクトは否めないが、この倒産は量子企業の大型倒産ではないことを重ねて確認したい。
量子企業として創業し、VQEなどの量子アルゴリズムを開発して貢献していたことは事実なので惜しまれるのは必須。ハーバード大学からスピンアウトした有望と思われた量子スタートアップが、ピボットの果てに倒産という悲話である。
量子に関連する特許数が多いので、権利関係の行方に応じて影響が生じる。
日本国籍を取得した元アメリカ人がCEOを務めており、量子ビジネス業界の発展の初期から日本で活動をしていたスタートアップとして認識されていた。そのため、AIにピボットした認識がない関係各位は、この倒産が量子ソフトウェア企業の先行きの暗さと捉えてしまうかもしれないリスクがある。
すでに五大総合商社のうち他の商社は国内外の量子スタートアップへ出資していたが、それに追随して伊藤忠商事も2020年にZapata AI への出資を行った。あの伊藤忠商事が出資した企業の倒産ということで、このことによる量子企業への投資動向に慎重な態度あるいはネガティブな評価が生まれなくもないと思われる。
以上のように、日本の量子業界に対する良からぬ影響があるとの懸念はあるものの、量子コンピューティング自体は人類が必要とする優れた技術であり、国内外のハードウェア企業がその性能向上のための技術開発を切磋琢磨しているのが現状である。ソフトウェア企業は確かにアルゴリズム開発に軸足をおくと非常につらい時代ではあるが、Zapata AI は日本の量子業界にとって特に身近だった花形スタートアップだったので、それが倒産したニュースは心理的に大きな影響があったと思われる。
編集部としては、今後も量子+A Iのビジネスニュースを発信していく。この記事は広く日本の量子業界の発展に貢献するため、全文を無料で公開することにした。
QCAI 編集部 青山圭介
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(注1)
FORM 8-K というのは、アメリカ合衆国において、株式公開企業(SEC登録企業)に提出が義務付けられている、SEC向け報告資料の開示様式(フォーム)をいいます。米国における株式公開企業は米国証券取引委員会(SEC)に対して、財務状況や株価に影響を与える可能性のある重要事項に関する報告する義務がある (発生から4営業日以内に提出)。具体的には、会社支配権の変更、買収、処分、監査人の変更、取締役の退任、破産などの特別な事象について、発生から1か月以内の提出と、報告内容の迅速な対外発表が求められている。
Zapata Computing Holdings Inc.
(注2)
Christopher Savoie (佐保井 久理須) 氏はポケモンでいうと自分のキャラを「ナゲキ (Throh)」と表現している。
(注3)
伊藤忠商事のプレスリリース (2020.11.19)
「量子コンピュータ向けのソフトウェアを開発するZapata Computingへの出資について」
(注4)
(出所) Bloomberg
Zapata AI and Andretti Acquisition Corp. on Bloomberg TV (Sep 8, 2023)
- アンドレッティ・グローバルのCEO、マイケル・アンドレッティが、F1参戦に向けた同社の申請状況と、アンドレッティ・アクイジションによるAIスタートアップ、Zapata AIとの合併について語る。ZapataのCEO、Christopher Savoieも「ブルームバーグ・マーケット」でこの合併の背景にある戦略について語る。
参考
量子業界の俯瞰や国内外の量子企業について詳しく知りたい方は日本総研が執筆した「量子コンピュータまるわかり」(日経BP出版)がお勧め。¥1,100とは、価値に比べてお安い。
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