By Michele Canzi
誰に聞くかで答えは違うかもしれませんが、量子コンピュータは人類のほぼすべての問題を解決するでしょう。金融市場から医療に至るまで、あらゆるものがひっくり返ることになります。量子コンピュータと古典的コンピュータの関係は、ファルコン9 と自転車の違いのようなものですから。この分野は急速に進歩しており、古典的なコンピュータでは実現可能な時間内に解決できない問題を量子デバイスで解決できる段階である量子優位性は、すでにバックミラーで見え隠れしています。
その時、量子コンピュータはすべてを一変させるでしょう。しかし今、その作り方を知っている人は少人数。シャンデリアのような機械は、物理学の博士号取得者が手作業で作っている状況です。そして現在、業界のロードマップには、少なくとも1つの顕著な穴があります:訓練を受けた人材の不足です。
ディープラーニングでは、世界の専門家と言えるのは25,000人以下ほど。量子コンピューティングの労働力プールはかなり小さく、世界でこの分野をリードする研究をしている人は1,000人に満たないとも言われています。これらのシステムを構築する科学者は、量子物理学を専門としており、最も基本的なレベルである原子スケールと、亜原子スケールにおける物質とエネルギーの固有の挙動に焦点を当てています。これには、非常に小さいもの、非常に孤立したもの、非常に冷たいものを研究することが含まれ、日常生活で経験する物理学とは全く異なる世界です。
ことの重要さは、量子力学のスキルが不足しているという業界の問題にとどまりません。学問的な障害があります。量子物理学者でなくても量子技術系スタートアップに採用されるかもしれませんが、量子コンピューティングの背景にある理論は、量子物理学の要素、高度な数学、豊富な学際的スキルと深く絡み合っており、博士レベルの知識が必須。今日、量子コンピュータの「裏側(本質)」を理解する人材は、単純に不足しているのです。
ヨーロッパの数学と物理学の豊かな歴史は、今日の量子コンピューティング産業の基礎を築きました。20世紀初頭、ニュートンの運動の法則とマクスウェルの光と電磁気の法則によって、物理的な世界全体を説明することができるようになりました。プランクの理論を用いて光電効果を説明したアインシュタインと、基本波動方程式を用いたシュレーディンガーは、この分野に革命をもたらしました。ボーアは粒子波の概念を、ハイゼンベルクは不確定性原理を導入。科学の先駆者たちの遺産は、次の技術パラダイムの基礎を築いてきたのです。
強固な学術基盤により、欧州は豊富な出版物を蓄積することができました。米国はよりインパクトのある論文を発表していますが、量子関連の出版物の量では欧州がリードしており、米国の研究機関を上回っています(McKinsey Quantum Technology Monitor, April 2023, page 46)。欧州の量子技術人材プールは米国の2倍以上であるだけでなく、3倍近い密度を持っていることを考えれば、これは驚くべきことではないでしょう(McKinsey Quantum Technology Monitor, April 2023, page 48)。
IQM Quantum Computers の CEO兼共同設立者である Jan Goetz氏は、欧州の強力な研究部門が投資家を惹きつけると指摘しています。氏によれば、ヨーロッパの強みは科学研究にあり、それは量子のブレークスルーに不可欠であると。「一般的にお金は優秀な人がいるところに集まるので、ヨーロッパにとって非常に大きなチャンスです。そして、この分野が学術分野から商業分野へと発展しつつある今、その資金は世界最高の研究チームに集まるのです。そして、ヨーロッパには世界有数の研究チームがあるのです」。と氏は述べました。
量子技術における欧州の優位性は、高度に専門化された人材だけにとどまりません。欧州連合(EU)は、量子技術、特に量子コンピューティングの開発に数十億ユーロを用意しています。ドイツだけでも 22億ユーロ(3,320億円)を拠出し、EUは次世代プロセッサーの開発に今後2~3年で1,450億ユーロ(約22兆円)以上を拠出し、その一部は量子に特化した投資となっています。
また、量子コンピュータが可能にする飛躍的に高速な計算から最も恩恵を受ける主要産業分野(特に材料科学、化学、医薬品)においても、欧州は支配的です。いわば、量子革命の恩恵を最も受けるであろう主要産業は、すでにヨーロッパで確立されているのです。顧客のエコシステムはすでにそこに。
もちろん、この分析には多くの注意点があります。地域の産業エコシステムの構築は、単に人材プールの問題だけではありません。 公共セクターの大幅な関与、効率的な資本市場、魅力的な給与が必要です。これらの要素はすべて交換可能なものではありません。高度に熟練した人的資本は、金融資本よりも数段価値が高いのです。そして、その価値は、量子革命に近づくにつれ、時間の経過とともに益々高まっています。
そのような専門的で超レアな才能は、すべての変革的な技術革命の源泉となるものです。技術進歩の歴史は、地理的な生態系が、十分な数のシュートで適切なゲームを行う能力を前提にしているのです。量子技術者の数が多ければ多いほど、ゴールへのシュート数も増えるでしょう。
トップ 1%の優秀な野心家が、たった 1度の尊い人生で何を選択するかで、その環境に劇的な影響を与えるのです。中世ヨーロッパでは、識字は偉大な「野心の技術」でした。指示を書き記すことができ、それを読むことができる人がいれば、大規模な行政を行うことができたのです。18世紀後半になると、軍隊は専門化し、近代国家が出現しました。軍事指揮は、新しい「野心の技術」だったのです。さらに2世代ほど進むと、金融が「野心の技術」として台頭してきます。ロンドンで書かれた小切手やメモが世界中に響き渡りました。
野心的な人々は小切手を書くことからソフトウェアを書くようになり、将来的には量子ソフトウェアを書くようになるでしょう。数字の上では、ヨーロッパは次の 「野心の技術」 を活用し、戦争のサイバーセキュリティから創薬まであらゆるものを変革するための目標を達成しており、その中間には現在では当たり前になっている数多くのものがあります。ヨーロッパの量子遺産は、1世紀の間にますます発展し輝きを増しているのです。
※著者紹介
Michele Canzi :Terra QuantumのStrategy&Go to Market Lead。
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原記事(Quantum Computing Report)
https://quantumcomputingreport.com/
翻訳:Hideki Hayashi