By Dr Chris Mansell, Senior Scientific Writer at Terra Quantum
ここ1か月で見た、量子コンピューティングと量子通信に関する興味深い研究論文の概要の紹介を以下に。
Hardware
Title: Mid-circuit qubit measurement and rearrangement in a Yb-171 atomic array(Yb-171原子配列における中間量子ビットの測定と再配列)
Organizations: Atom Computing, Inc.
量子計算中にアンシラ量子ビットを繰り返し測定することで、量子プロセッサーからエントロピーを除去する誤り訂正が可能になる。超低温原子を用いたプロセッサーでは、いくつかの異なるアプローチが試みられており、現在の課題は、最も信頼性が高くスケーラブルな方法を特定または開発することだ。この実験では、ゼーマンシフトやライトシフトにより、共鳴の内外を制御できる狭い線幅を持つ原子遷移を用いて、アンシラ原子をイメージングした。つまり、状態選択的にもサイト選択的にもイメージングが可能なのである。興味深い点として、光磁気トラップが装填され、アンシラ原子が光学的に励起され、繰り返しイメージングされている間でも、実験中の他の原子はコヒーレンスを維持していたことが挙げられる。
Title: Quantum bath suppression in a superconducting circuit by immersion cooling(液浸冷却による超伝導回路の量子バス抑制)
Organizations: Royal Holloway University of London; Chalmers University of Technology; Google; National Physical Laboratory, U.K.
超伝導量子回路を宇宙線などの電離放射線源から遮蔽し、不要な光子をフィルタリングすることで、超伝導量子回路のコヒーレンスを改善することが可能である。この論文で研究者たちは、超伝導体をヘリウム-3に浸し、誘電体環境中の 2準位欠陥から受けるノイズを低減させた。ヘリウム-3は、この環境の効率的なヒートシンクとして機能し、欠陥が基底状態に緩和する速度を1,000倍に高める。また、超伝導体に制御不能に結合している表面の電子スピンを冷却する。全体として、この研究は、超伝導量子ビットの温度依存自由度を管理することによって、コヒーレンス時間を向上させる非常に効果的な方法を示している。
Title: Aquila: QuEra’s 256-qubit neutral-atom quantum computer(QuEra の 256量子ビットの中性原子量子コンピューター)
Organization: QuEra Computing Inc.
このホワイトペーパーは、教育関係者やユーザー候補を対象にして、QuEra の 256量子ビット中性原子量子コンピューター "Aquila "の概要を解説。その上で、その能力を最大限に有効活用するための様々なベストプラクティスを推奨している。同社の GitHub ページにあるノートブックの例へのリンクも紹介され、システムの長所と短所が透明性をもって説明されている。中性原子プラットフォームの基本から始まり、コンビナトリアル最適化などのプロトコルまで踏み込む。
Title: Forty thousand kilometers under quantum protection(量子保護下での4万キロメートル)
Organization: Terra Quantum
既存の量子鍵分配(QKD)の手法は、送信距離に対して指数関数的に減少する秘密鍵レートを持っている。ハードウェアを改良しても、この関係を特徴づけるある基本的な境界を超えることはできない。本論文の著者らは、この制限を回避する新しい方法を提示する。盗聴者が遠距離通信チャネルから失われるすべての光子を収集して利用できるという従来の仮定を見つめなおす。現代の光ファイバーにおける光散乱の現象を考慮し、このチャネルを監視する方法を考案することで、彼らは効果的かつ検出されないままの盗聴が行われないようにする方法を示している。最終的には、これによって彼らのプロトコルは前述の制約を克服し、大幅に長い距離を、より高いレートでの鍵配送が可能になる。
Title: Splitting phonons: Building a platform for linear mechanical quantum computing(フォノンの分割:線形機械量子計算のためのプラットフォームの構築)
Organizations: University of Chicago; Argonne National Laboratory
フォノンは音波の量子であり、フォトンが電磁波の量子であるのと同様である。この類似性から、光量子計算のための方式が、固体系のフォノンに再構築および適用できるかもしれない。実験結果は驚くべきもので、2つのフォノンのベル状態が 0.816 の信頼性で作り出されたが、この結果はおおよそ 1兆個の原子の集合振動を表すそれぞれのフォノンが、凝縮して一貫性を持って相互作用することが可能であることを示している。セットアップは、2つの結合した超伝導 Xmon量子ビットで構成されていた。しかし、フォノンが超伝導アーキテクチャの一つの強みとなるためには、または独自のスケーラブルな計算プラットフォームとして機能するためには、フォノンの損失を減らす必要があるだろう。
Title: Pipeline quantum processor architecture for silicon spin qubits(シリコン・スピン量子ビットのためのパイプライン量子プロセッサ・アーキテクチャ)
Organizations: Quantum Motion; University College London; University of Oxford
量子回路図を読むとき、左から量子ビットが初期状態で始まる。その後、ゲートのレイヤーが適用され、次のレイヤーが前のレイヤーの右側へと続く。通常、物理的な量子ビットは静止しており、図の右方向は時間の進行を示している。この論文で述べられているアイデアは、ゲートの新しい層が適用されるたびに、量子ビットの列を物理的に右に移動させることである。具体的には、量子ビットはシリコン・プロセッサ内の電子であり、グローバル・パルスを印加することで集団的に右方向に移動させることができる。ある種類のアルゴリズムやアプリケーションでは、同じ種類のゲートを同じ順序で適用しなければならない。主な利点は、電子が到着するたびに調整できること、また内蔵部品がチップ上の適切な場所にあること、これらを念頭に置いて前もってプロセッサを設計できることである。
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原記事(Quantum Computing Report)
https://quantumcomputingreport.com/
翻訳:Hideki Hayashi